どう?
正月はゆっくり休めたかい。
オレはNHKの受信料も払ってないせいか紅白歌合戦も見られないし、寝正月とは遠い日々をおくっているのよ。
オレがどんな正月をすごしているかというと?
「ワーカホリック菌臥薪念(きんがしんねん。働き者ウイルスによる臥薪嘗胆の念)」である。
「意味わかんねえぞー」だが、ようするに「貧乏ヒマな死」(貧乏人がヒマになると死ぬ)。
10人分の人生くらい働いてます。
孤独でないと、絵は描けない。
年末年始は訪問客を断り、電話もでず、引きこもった。
群馬からアポなしでたずねてきたヨウコさえ、パスタだけつくっておいかえした。(この場を借りて「ごめん!」)
ピカソを訪ねてきた友人が、アトリエのドアを開けたとたん、ふりかえったピカソの形相に恐れおののいて逃げ帰ったというエピソードがあるが、そのくらい画家は繊細なのだ。
社交的に人と会うときと、孤独に作品とむかい合うときの顔は「おかめ」と「般若」くらいちがう。
怒濤の沖縄ツアーが終わり、1月7日11時40分の飛行機で高知へいく。そのあとも東京、北海道、新潟などライブはつづくので、絵に集中できるエアポケットは今しかないんだ。
残された年末年始で肖像画3枚を仕上げなくてはならない。
ぬさもとりあえず、宮古島のたまみちゃんからたのまれていた斎藤家祖父母の肖像画が最優先である。
おじいちゃんの91歳の誕生日が3月2日なので、「それまでには仕上げる」と断言した。
ところがおじいちゃんが危篤になり、ぐああー間に合わなかったかーと思いきや、今は持ち直して元気になったという。たぶん知ってか知らずかおじいちゃんも「孫娘たまみがたのんだ絵を見るまでは、死んでも死にきれーん」と思っていることだろう。
しかしおじいちゃんはオレ以上のアルツなので、このまえいったら「おまえは誰だー!」と怒鳴られてしまった。
葬式用に描いているわけではないので、生きてるうちに「老夫婦の幸福な笑顔」を見せたい。
おじいちゃんのお迎えが早いか、オレの筆が早いかの一騎打ちである。
細かいシワまで描きこみ、あとでぼかし、チタニウムホワイトをペインティングナイフで盛り上げ、濃いめのイエローオーカーをダマール・バニッシュでかぶせ、老人特有である皮膚感をだすのに苦労した。
バックも明るい黄色にしようとしたが、不自然だったので、オリーブ・グリーンをかぶせたらすごく自然な感じがでてきた。
これなのよ、オレが90歳の夫婦に求めていたものは!
と、いっきに完成にむかった。
(斜めから撮影したんでちょっと縦長になってる)
どう?
また自画自賛しちゃうけど、すごく自然な感じがでてるでしょう?
戦争をくぐり、たくさんの孫を残し、人生をせいいっぱい生きつくしたおじいちゃんの「マラソンランナー完走感」が画面からにじんでるよね。よこでサポートするおばあちゃんの「あんたと併走した人生はしょうもなかったけど、あたしはこれで満足ですよ」という微笑みがすべてを物語っている。
老夫婦の肖像画は、まさにオレの人生目標である。
こんなふうに、ソウルメイトであるおばあちゃんと笑えたらいいな。
「老夫婦になるまえに、結婚しろよ1」
という、ツッコミはいれないで。