9月26日(水)
重いバックパックを担いで毎日のようにライブをしていたハードデイズも終わり、さすがに不死身のオレも限界にきたのかもしれない。
5年まえにテニスでくじいた左足首と、3年まえにぎっくり腰をやったところが痛みはじめた。
もしかして……骨盤か?
体の中心である骨盤のシンメトリーがゆがむと、ぎっくり腰、肩こり、手足のしびれ、顔のむくみ、頭痛、倦怠感、はては鬱病にまでなるという。
そうだ、オレには秘密兵器がある。
3年まえにぎっくり腰をわずか10分で治してしまったゴッドハンド、福井先生がいる。
東京で「アジアに落ちる」の打ち合わせがあるので、そのまえに「門前仲町関節整体」へいった。門前仲町の駅から川を越えて、セブンイレブンの角を曲がると、なつかしい風景が見えてきた。
小さななんの変哲もないビルの一階にゴッドハンドはおわしますのだ。
「おっ、あんたかい!」
おぼえていてくれたのね。まあこのルックスは忘れないわな。
「あれからあんたの知り合いがずいぶんたくさんきたよ」
オレが日記(2004,5/29)で書いたからだ。なにしろここは回数券なるものが存在しない。みんな一回で治ってしまうからだ。ぎっくり腰を一発で治せる人は日本に3人しかいなくて、今は他のふたりが高齢で引退し、福井先生ひとりになった。3年まえは予約さえいらなかったのに、今では予約がいる。
「肩こりやぎっくり腰は日本だけらしいね。このあいだ日本に長年住んだガイジンがぎっくり腰できて、パニックになってたんで、ギャーギャーわめんくんじゃねえってしかりつけてやった」
なにしろこの人は口が悪い。しかし愛想がよくて治せない医者よりも、口が悪くても治してしまう医者に人気が集まるのはとうぜんだ。
「うーん、右上がりにねじれてるねえ。足首が痛くなったのもこのバランスがくずれたからだな」
ゴッドハンドはベッドにあおむけになったオレの足をゆっくりとまわし、ぐいっと引っぱる。
痛くはない。これだけで骨盤のゆがみは治ってしまう。
「背骨も少しねじれてるから、横向きに寝て」
ゴッドハンドはひとつずつ背骨を押していく。痛いところが歪んでいるところだそうだ。
「はい、終わり。これでしばらくもつよ」
わずか15分くらいだろう。あまりにあっけないんで、オレが聞く。
「そうとう体に負担がかかる仕事をしてるんですが、ボロボロになってませんか?」
「いや、もう50近いのにあんたの骨や筋肉は30代前半の体だよ。重労働がいいエクササイズになってんじゃない。なにより楽天的な性格がいいのかもな」
受付で5000円を払おうとすると、「マッサージを省いたから4000円でいい」という。んもうー、もうける気もないし、やる気なさそうな普段着だし、口も悪いし、それでもゴッドハンドを慕ってつぎつぎに患者がはいってくる。
あきらかにぎっくり腰の患者にオレは言った。
「だいじょうぶ、10分で治りますから」
池袋にある「めるくまーる」社から雑司ヶ谷鬼子母神近くの「木菟(みみずく)ラーメン」にいった。
「アジアに落ちる」出版の労をねぎらうのと今後の販売作戦会議を兼ねている。
発売元めるくまーる社長の太田さん、発行元ヒマラヤブックスの西くん、写真と装幀をやってくれたフォトグラファーの高橋克明さん、「COTTON100%」の編集者マコト、紀伊国屋書店新宿本店のイクちゃん、めるくで働くアーティストのリオちゃんと大学生の侑美ちゃん、会計士見習いのタマちゃんなどが集まってくれた。
みみずくラーメン名物の「鬼シュウマイ」やエビがプリプリはいった八宝菜をつまみに、「アジアに落ちる」の完成を祝う。
やはり1冊の本を世に送り出すということは、子供を出産するくらいたいへんなことなのだ。
西くんは「この名作が買えないなんて許せない」と立ち上がり、孤軍奮闘してくれた。それを支えてくれたのがめるくまーるの太田さんと和田さんであり、装幀の高橋さんなのだ。販売は新宿紀伊国屋5階のイクちゃんが全面協力してくれるのでたのもしいかぎりである。
そこで読者であるみんなに最後の援護射撃をたのむ。
アマゾンコムでレビューも書いてほしいが、地元の本屋へいったら、
「アジアに落ちるはありますか?」
とたずねてほしい。
もちろん買ってくれるにこしたことはないが、お金がなければたずねるだけでもいい。このお客さんからのひと言が大きいのだ。本屋さんもプライドがあるから、「むむ、さっそく注文しなければ」ということになるのだ。
ネットで本を買う時代でも地道に売ってくれる本屋さんは大切な存在だ。とくにオレの本はいつもヴィレッジヴァンガードが大きく取り上げてくれる。青森のヴィレッジヴァンガードに「COTTON100%」が積まれていたときもびっくりしたし、都内では「神の肉」を手書きのポップやディスプレイまでつくって応援してくれた。
ヴィレッジヴァンガードというのはベストセラーや一発本に媚びないし、「自分がいいと思った本しかおかない」という信念を貫いていて、オレのようなロングセラータイプの作家を応援してくれるのだ。
ぜひぜひヴィレッジヴァンガードにいったさいは、勇気をふりしぼって店員に「アジアに落ちるはありますか?」とたずねてくれ。
そこで、もし「ありますよ」と言われたときの対応策を考えよう。
1,お金があれば買う。
一冊もっているけど、AKIRAライブへいってサインをもらって、旅にでる友人にプレゼントしてもいい。
しかし問題は金がないときだ。親切な店員がきみを旅コーナーに案内し、笑顔でこちらですと本を手わたす。むむむ、どうしよう?
2,パラパラとページをめくって時間を稼ぎ、店員が去ったとたん、さっともどして逃げる。
この場合、もどすのは棚じゃなく、売れてる本のいちばん上においてから逃げよう。
しかし店員がなかなか去らない場合はどうしよう?
3,「この本を友人が薦めてくれたんですが、なかなかいい本らしいですねえ。あなたも読みましたか?」とたずねてみる。
確率的に読んでない店員が多いので、きみは心理的優位に立ち、堂々と立ち去れる。
万が一店員が「わたしも感動しました。ぜひ読んでください」と言われたらどうしよう?
4,「本日はお日柄もよく……あっ宇宙人だ!」とわけのわからないことを言って逃げる。
この場合、その本屋にいきづらくなるので、
5,「あっ友達だ!」と言って去るほうがいい。
まちがっても混乱して、
6, 「あっ友達の宇宙人だ!」などど言わないように注意すべし。